『四国三郎 隅瀬の渡し』
早朝の眉山は小雨、午後は雨も止み曇り空。
一昨日歩いた、斜張橋の四国三郎橋が霞んでいる。
この吉野川は別名「四国三郎」、利根川が「坂東太郎」
筑後川が「筑紫次郎」、往時の人は豊かな発想を持つ。
江戸末期から昭和初期までは、渡し船が重要な交通機関。
「隅瀬の渡し」を、多くのお遍路さんが渡った。
途中、何人かの土地の方に伺った。
いまでも、お遍路さんが歩いているそうである。
そのほとんどが、新しくできた県道41号線。
旧「やそうみち(大麻街道)」を、歩く人は少ないとの事。
地福寺裏の、旧道の道しるべが、往時を偲ばせる。
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